悪の華  ボードレール   

 

 ダンディズムとデカダンスの詩人、ボードレールの代表作です。
こう書くと、なんだか私はデカダンス万歳のちょっとあぶない人間のようですが、読んでみると結構
面白いんですよ、こういうの。現代詩人はこんなの書けないからね、絶対。
お金があって地位もあって、いくら快楽の渦に巻き込まれ堕ちていってもなんの支障もない人生って
いうのを、一度やってみたくて。でも小市民なわたくしはできないんだろうねきっと。
という羨望もちょっとだけこもっています。
初めてボードレールに出会ってはっとした「告白」を載せます。「どれほど念入りに化粧をしてみたところで
人の利己心は見えてしまうから」という言葉がずしっと心に残りました。しかしこれを読んで
やっぱり人間は内面でしょう。と妙な納得をしたのも事実ですが・・・。
他の作品も今一度目を通してみたのですが、どうも映倫にひっかかりそうであぶない(笑)ので、
あまり過激ではないものを。
ただ一つ、どの訳者の本を見ても日本語に訳してしまうと今ひとつ字余りなのが残念。
原語はフランス語で、私は英訳対訳つきのものを読んだのですが英語とフランス語は兄弟みたいな
ものなので、英語訳詩も原語と同じようにとても美しい韻と言葉を持っています。
というわけで機会があれば原語で読んでみることをオススメします。

 

「告白」

愛らしくやさしい夫人よ 一度 ただ一度だけ なめらかなあなたの腕が わたしの
腕によりすがった (この思い出は 魂の暗い奥底で まだ少しも色あせていない)

夜は更けていた 新しいメダルのように 満月はは空にかかって
荘厳な夜気は 大河のように 眠った パリの上を流れていた

家々にそって 猫どもは 忍び足で聞き耳を立て 正門の下をくぐっていった
またはいとしい影法師のように ゆっくりと わたしたちのあとについてきた

蒼白い月の光に照らされて 心のままの 親しさが花とひらくその折りに
いつもは陽気な音色だけを調べも高く朗々と 奏でる楽器 あなたの口から

輝く朝に吹き鳴らす軍楽のように楽しげな 明るいはずのあなたの口から
嘆くような音調が 一種奇妙な音調が 突然 洩れて出た よろめきながら

家のものが恥じらって 世間の目から隠そうと 長いあいだ 穴倉の中に
閉じこめておいた ひよわで醜い 陰気で汚い 女の子のようによろめきながら

哀れな天使よ あなたは甲高い調子で歌ったのだ 「この世には確かなものはありません
どれほど念入りに化粧をしてみたところで 人の利己心は見えてしまうから

美しい女であることは なんとつらい務めでしょう それは わざとらしい微笑を浮かべて
有頂天になる 気違いじみた冷ややかな踊り子の 陳腐な仕事と同じことです

人の心を当てにするのは なんと愚劣なことでしょう 恋愛も美もみなうそつきで
結局は 忘却が やがてそれらを永遠に返すために 負い籠の中に投げ入れるだけです!」

わたしはしばしば思い浮かべた 魂を奪うあの月を あの静寂を あのものうさを
また ひそやかに心のざんげ室でささやかれた あの恐ろしい告白を

 

 

戻る