2005年10月09日

秋の夜長には茂吉でも。

連休だと言うのに降ったりやんだりのしとしと雨です。

こういうときは斎藤茂吉の短歌でも。
(ウソ、図書館の返却期限が明後日だという事実に今日気づいたから)

斎藤茂吉。
教科書では「死にたもう母」が有名です。

  足乳根の母に添寢のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる
  のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

とか。
ちなみに精神科医で有名な斎藤茂太は長男、作家の北壮夫は次男。

私はまるっきり文系な人間なので、全然知らずに
作品だけは以前からいくつか知っているという程度でした。
ライプニッツが哲学者だって知らない数学者もいるのと同類。

ただ、「死にたもう母」を初めて読んだときから
とても不思議な感覚を持っていたのは確かです。
だから、こうして大人になってきちんと読もうって思ってるわけだし。

私の中の感覚では、この場合は「母」愛する人が死に直面した場合
呆然とするか、漫然と悲しみに耐えるか、ただ泣き崩れるか
そういったパターンしか思い浮かばないのに。

この茂吉の「死にたもう母」という作品からは
悲しみの感情はよく伝わってくるけれども、それとは別に「人間の死」を
とても客観的に見つめる彼の目線もまた垣間見える。
確かに悲しいんだけど、どこか他人事、といったような。
だから私は彼の歌を通して、その場面を不思議な感覚で見つめていたんだと思う。

それは解説と年表を読んで即座に理解。
茂吉は医者だったのです。本気で知らなかった・・・
そりゃ医者なら「死」に関しては身近だものね。
こういう歌ができてくるのも解る。

茂吉はヨーロッパ留学中に短歌を作っており
その中にミュンヘン大学にいたときの歌が数首。

  八月十九日(日曜) 冷、驟(にわか)雨、ミュンヘン一月目なり
  いつしかも時のうつりと街路樹が青きながらに落葉するころ

私が修道院滞在中ミュンヘンに出かけたある日
ちょうどこんな気候で、夏の終わりのにわか雨なのにとても寒くて
東京なら晩秋に着るようなハーフコートを身にまとって
冷たい雨の中バス停で震えたのをよく覚えています。
石畳を歩くそばには緑色の街路樹が自分と同じように雨に打たれて。

ここは確かに「寒い国」なんだな。
喫茶店から見えるミュンヘンの街並みに、
そんなことを思いながら紅茶で体を温めていました。

私自身は一年中抜けるような青い空のもと
南国の生暖かい気候風土で育った「暑い国の人」なので
タイをはじめとして暑い国への旅行では現地人とよくなじみ
また今年の初めお会いしたタイの人ともよく話が合い
常夏の気候の土地は自分の体にとてもしっくり来るのがわかります。

ですが、「寒い国」には無条件に惹かれるのもまた事実。
馴染むんじゃないの。
気候風土はむしろ馴染まない(笑)驚異の寒がりだし。
ないものねだりって言える部分もあると思う。
けれど、不思議に寒いところの人とはウマが合うことが多い。
私を惹き付けてやまない何かが、そこには存在している。

斎藤茂吉も雪の描写がほどよくて
(宮沢賢治の雪の描写は読んでるこちらが寒くてたまらない)
どこの人?と見てみると東北の出身でした。
ああ、だから惹かれたのかな。
いや、最初に惹かれたのはしんしんと降る雪の描写。

それから死にたもう母以外の作品を今読んでいて
茂吉の留学中の作品は初めて見たものばかりです。
で、先に書いたミュンヘンでの一首の他にもたくさんある作品を読んでいると
もしかしたら茂吉と同じ街並みを見ていたのかな?と
一瞬あの石畳と建築の美しかった街に思いを馳せている自分がいました。
途中、地名や単語はドイツ語まじりだし。

ヨーロッパ漫遊(イタリア、ドイツ、フランス・・)編以外の作品の方が多いのに
まだドイツ編すら脱せません・・・

投稿者 Minako : 23:56 | コメント (293) | トラックバック (0)

2005年09月28日

Cogito ergo sum、私はここに在る

髪が伸びてきたので、試しに三つ編みをしてみたら
「宮廷女官チャングム」になりました(笑)
何かが忙しくなると、途端に美容院に行かなくなるわけで。
ゆるゆるのパーマが入ったロングヘアはものぐさの特権ですな。

そんなわけで?図書館から山田晶先生監修の
トマス・アクィナス「神学大全」(抜粋)を借りてきて
手持ちのデカルトと対比させて読んでいるところです。

世界の名著 22 デカルト (22)

西洋近代哲学の講義でテキストとして使っていたこの本。
他にもたくさん出版されておりますが、この版が一番読みやすいです。
この中で対比させて読んでいたのは「情念論」の部分で
精神と身体のつながりとか、体が心に及ぼす影響とか
人間の感情とは(例えば愛)いかにして発生するのか、とか
そういうことが書いてあります。

で、今日は大学時代に初めてデカルトを読んだ「省察」の部分を。
「方法序説」にも少し記述がある、有名な
われ思う、ゆえにわれ在り
ラテン語にするとCogito ergo sum、というのが述べられているのが「省察」です。

実を言うとデカルトはこの一文を直接記述はしていなくて、
全てのものを疑っていった結果、その疑いを持ちまた検証を繰り返す自分
それだけは疑いようのない存在なのだ、というのが省察のある一部分の概要。
「存在すること」「懐疑」というのは
省察以外にもデカルトは繰り返して論じることまた考察を繰り返し
私はこの他にも数学者でもあり哲学者でもあった
ライプニッツの懐疑なんかも並行して講義の中で勉強しましたが
デカルトの「存在証明」が一番すっきりしてて好きかな。

自分がめまぐるしく忙しかったり、
迷いを覚えたり、とんでもなく混乱していたり、
そういうときに読むとすっきりする。
何しろぐっと集中して読まなきゃいけない類の本であるのもひとつ
そしてまた明快に証明されていくデカルトの中の「わたし」という存在
一通り読むと、あ、とりあえずここに自分っているんだ。
って気持ちが落ち着くの。
自分の存在は丸ごと無条件に「在る」、って思える。

しばらくすると哲学書だから、細かい部分はどんどん忘れて
でまた数年後に読んでハッと我に返る、そんな本なんだよね。
自分というコアな原点に戻ると言うか。
これがカントあたりをうっかり読んでしまうと
不思議の森へようこそ、って感じで(笑)人生の深い森で迷っちゃうからね・・・

投稿者 Minako : 23:59 | コメント (416) | トラックバック (0)

2005年05月05日

朔太郎、犀星、白秋 3つのキーワード

少し文学好きな人なら知ってて当たり前の話かもしれない。
今、積読しっぱなしでホコリをかぶっていた朔太郎の詩集を読んでいたところ。

萩原朔太郎と室生犀星はむっちゃ仲良しで、
白秋はその二人の先輩としてこれまた仲良し。

って事実を今初めて知りました・・・
文学部にいたはずのいい大人が恥ずかしい(笑)
朔太郎の詩集の巻頭には私が心から愛する白秋が言葉を寄せ、
しかも凄い言葉で始まってますよ。

・・・ここから引用・・・

萩原君。
何と云っても私は君を愛する。さうして室生君を。
それは何と云っても素直な優しい愛だ。
(中略)
私は君達を思ふ時、いつでも同じ泉の底から更に
新らしく湧き出してくる水の清しさを感ずる。

・・・引用おわり・・・

こんなにも白秋先生に愛されてみたいです・・・(笑)
しかも以前私はこのブログに「泉」のモチーフの話を書いたけれど
ビンゴで白秋と同じ事を考えていたことにもまた、ひとり勝手に驚き。
それに大好きなボードレールの名前もあちらこちらに出てきて
何か運命のような「仕組まれた」モノを感じていたりもします。

そうして私は今、夢中になってその詩集を読んでいます。
文語が多いので斜め読みを何度も何度も繰り返し
また朔太郎の詩をこれでもかと頭に染み込ませて。
言葉の選び方は白秋の方が美しいけれど
その白秋にはない表面的な感情の生々しさと
それに相対する内部の哀しいほどの美しさ
朔太郎、犀星、白秋、確かにつながっている。

愛をもとめる心は、かなしい孤独の長い長いつかれの後にきたる、
それはなつかしい、おほきな海のやうな感情である。

(詩集「月に吠える」収録「青樹の梢をあふぎて」より抜粋)

年表を見てみれば、ご近所湯ヶ島にもいたらしいし
(現伊豆市湯ヶ島、「しろばんば」の舞台でもある古くからの温泉療養地)
梶井基次郎ともそこで親交があったりしたらしい。
伊豆というキーワードで自分ともつながってるじゃないの。

これ、読書感想文というより詩に関しての私的ノートだ(笑)

ついでに犀星の名前も出てきたので、こんなエピソードを。
犀星のあの有名な詩「ふるさとは遠くにありて思ふもの」(小景異情(その二))
に惹かれて金沢の地を初めて踏んだ、大学に入った次の年の春。

金沢にゆかりがあり、私をかの地に誘ってくれた当時の相方と
犀川を散歩しながらこの詩を思い出し
なんとなくその詩の風景の中に橋の上で悲しい気持ちをぶちまける、
みたいなイメージがあって
勝手に「小景異情」は橋の上にいる犀星からの描写だと思ってたんです。
で、相方(詩なんて縁のない根っからの理系)に言ってみたら
せっかくなので全文読んでみたいって言い出しまして
本屋で犀星の本を買ってきて読んでました。

なんで橋の上っていうイメージがあったのかはわからないけれど
小景異情が収録されている詩集の中に
確かに犀川の橋の上でどうの、という詩はあったのですよ。
この橋の上で(注:犀川にはたくさんの橋がかかっています。)犀星は
どんな気持ちを持ったまま「遠き都へかへらばや」って思ったんだろう。
ってとっても感慨深かったのが
当時の相方の顔すら思い出せない今になっても、印象に残っています。

そして話を朔太郎に戻すと。
「純情小曲集」に収録されている「桜」という詩があるのですが...
まあ読んでみてください。

桜のしたに人あまたつどひ居ぬ
なにをして遊ぶならむ。
われも桜の木の下に立ちてみたれども
わがこころはつめたくして
花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。
いとほしや
いま春の日のまひるどき
あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。

毎年桜の下でべそべそと泣いてしまう、という話は
さすがに今年はしつこいだろうと書かなかったのですが
全く同じ感性で同じように涙を流している人がいて
それをこんな風に詩にしている人がいて
その事実に全くもって驚きを隠せないでいる自分がいます。

朔太郎の詩は教科書でも舟をこいでばかり、
こんな風に新しい事実を知ることになるとは思いもよらず。

投稿者 Minako : 00:49 | コメント (435) | トラックバック (0)

2005年04月06日

あしながおじさん

久しぶりに読んだあしながおじさん&続編。
大好きな本なのに、ここ1、2年一度も開いたことがなかった・・・。

小学校の時に買って、何度読んだかわからない本。
これからも多分ずっと読みつづけるだろうな。
少女趣味だって?いいんです。放っておいて(笑)
なんとなく明るい気分のときとか、リラックスしている時とか
寝る前に読んだりもするので
気持ちが優しくなれる本、とでも書いておこうか。

ちなみにニュートラルに立ち止まってしまった時には
村上春樹のノルウェイの森を読みます。
いいんだもーん、立ち止まってていいんだもーん。
って自分を納得させちゃうの。
で、この本を読み終わる頃には「やっぱ動いた方がよくない?」って
自主的に心を動かしはじめてくれるので。

恋愛で浮かれすぎてるときにはデカルトの情念論。
愛とはなんぞ、と哲学的な問答を繰り返して熱を冷やします。
恋の雰囲気に浸りたい時にはみやびに和歌集の恋歌を読んで。

少し前には「疲れているときには元気がでる○○!」
とか言われていたけれど、本当の心理的なところから言うと
あまりにテンションが違いすぎるものは余計に疲れるそうです。
憂鬱な気分も軽いものはそれで回復することもあるけれど
深く沈みすぎているものはやたらに引き上げちゃいけないこともある。
自然なスピードでの回復をはかるのが一番。
風邪引いたときも寝るが一番、そうでしょう?

というわけで、気分に一番しっくり来る本を選んで
読むことを意識したりもしている今日この頃でした。
聴く音楽も同じなのよね。
あまりに差がありすぎると、かえって神経を高ぶらせる。

今日はあしながおじさんとその続編を一気に読んでしまって、
この2冊はもう内容を諳んじられるほどなんだけれど
ちょうど今の気分にぴったりの一節が続編にあるのですよ。
その部分を何度も読み返して、一人浸っておりました。

投稿者 Minako : 23:11 | コメント (729) | トラックバック (0)

2004年11月01日

Maria Virgine(聖母マリア)

「聖母マリア」 シルヴィ・バルネイ著

田舎の本屋ではことさら目立つこういう類の本。
楽屋での待ち時間のために買ったこの「聖母マリア」というタイトルの本は
結局楽屋では読まれることなく。
(入れ替わり立ち代り団員がおしゃべりに訪れてくださったため)

そのタイトルのとおり、「マリア」に関する資料、宗教的考察、
各宗派における彼女の位置付けなど一通り「マリア」に関する知識が詰まった本でした。

この業界(って何だ)に足を踏み入れてからは
一応基礎知識を毎週カトリック教会に通い学んだわたくし。
なので、本当に基礎の基礎だけど「マリア」に関する知識があると
勝手に思い込んでいたのは大間違いだった・・・

だってね、マリアの両親の名前なんて全然知らなかったんだもの。
彼女がどんな育ちをしてきたのかということすら知らなかった。
知っているのは「受胎告知」あたりから「聖母被昇天」まで。

あと、キリスト教芸術に関するものね。
カラーの図版がめちゃめちゃ多くて(だから値段もハードカバー並)
悲しみの聖母、あわれみの聖母、ルルドのマリア、聖母子、イコンのパターン
(全部わかる人、あなたも立派な業界人)
キリスト教徒なら当たり前に知っている知識がぎっしり。

忘れちゃいけないのが「ロザリオの連祷」をはじめとするお祈り。
ロザリオは10個の珠×5で輪の部分ができていて、十字架につながる部分が10個の珠
というのが基本の基本で、この珠の数だけお祈りをするのです。
一度やったことがあるけど、このロザリオの連祷はすっごーーーーーく大変(笑)

あとは日本語にすると妙な「サルヴェ・レジーナ」「アヴェ・マリア」とか・・・
ラテン語なら言えるのに、日本語訳を言えない私は非国民なんだろうか?
んー、全部日本語で日本語の聖歌を歌うミサなんて
この前行ったのは何年前?レベルなので許してください(苦笑)

西洋の芸術を目の当たりにした時に
やっぱりキリスト教の基礎知識があるとないとでは随分印象も違うし
理解度もより深まるってものです。
特にマリアというのは信仰するか否かにかかわらず
どの宗派にとっても当たり前にキーパーソンなので
絵画、音楽、祈り、「具象化」されることが多い存在だと思います。
そのカタチにされたマリアがなんなのか、ぱっと一目見て
そのバックボーンがわかるとわからないでは面白さが断然違うよね。

なぜこんなに私が熱く語っているかというと。
キリスト教徒でないくせに、聖母マリアの熱烈なファンだから。
どうしてもプロテスタントの信仰を受け入れられないのも、
カトリックを受け入れやすかったのも、聖母マリアへの信仰の有無。
美しくて(死んだ時も若いままだったという伝承)、気高くて、優しくて
包容力があって、我が子が磔刑で死んだ時にも
それを取り乱さず受け入れる強さがあって
憧れの女性像、なところもあるのかも。私も女性だけど。

ドイツの某修道院にいた時に、毎日寝る前のお祈りに行くと
ほの暗い聖堂の真正面、高い位置にマリア像。
灯りがよく行き渡らない古い聖堂では、遠くの信者席から見ると
その手を開いてこちらを向いて立っているマリアはまるで「観音様」のようで
「マリア観音」とバチあたりなわたくしたち一団は呼んでいたのでした(笑)
もちろんその祈りのトリはグレゴリオ聖歌の「サルヴェ・レジーナ」。
その御姿が幻想的にさえ見える、夜の聖堂。
一生忘れられません。

投稿者 Minako : 21:49 | コメント (537) | トラックバック (0)